家族信託が生前の財産管理に有効な手段であることは何となくご理解いただけたと思いますが、具体的にどのようなケースが当てはまるのかをお話していきます。
アパートや貸ビルなど収益物件を所有している方
自宅とアパート2棟を所有しているAさん。自分でアパートの管理を行なっていますが、高齢なこともあり体調に不安を抱えるようになりました。先日も物忘れが出始めており、認知症の兆候もみられます。子どもは長男と長女の2人です。
Aが元気なうちは自分でアパート管理を続け、判断能力が衰えた場合は長男、長女にアパートの管理をしてもらい、Aさん亡き後は長男、長女にそれぞれ相続させたいと考えています。
何も対策をしなかった場合、Aさんの判断能力が喪失した場合はアパートの賃貸管理や売却処分、大規模修繕、建替えなどはできなくなります。また、Aさん亡き後、長男、長女が具体的にどのアパートやその他資産を相続するかの遺産分割協議をする必要があります。
成年後見制度を利用した場合も、資産があるため親族は後見人になれず、司法書士などの専門家が後見人に就く可能性が高く、あくまで資産の維持に必要な合理的な支出しか認められません。
では、家族信託を活用した場合の具体的なスキーム設計を考えます。
委託者 Aさん
受託者 長男
受益者 Aさん
信託財産 甲アパート
信託終了事由 Aさんの死亡
帰属権利者 長男
委託者 Aさん
受託者 長女
受益者 Aさん
信託財産 乙アパート
信託終了事由 Aさんの死亡
帰属権利者 長女
委託者=受益者がAさんで、長男と長女があくまで受託者であるため、不動産取得税や贈与税などはかかりません。Aさんが元気なうちは、Aさんと長男、Aさんと長女でそれぞれのアパートの管理をすることができます。Aさんが判断能力を失うことになっても、長男、長女それぞれが財産管理処分権限を持ち、大規模修繕、建替え、売却も可能です。そして、遺産分割協議がなくてもAさん亡き後は、長男、長女それぞれにアパートを相続することができます。
近いうちに所有物件の売却を考えている方
古い一軒家に一人暮らしをしているBさん。夫はすでに他界しており、長女、次女の2人の子どもがいます。Bさんは最近体調を崩すようになり、、将来高齢者施設への入居を考えています。通帳や財布がどこにあるかわからなくなったりするなど物忘れも増えてきており、認知症が心配です。
Bさんの年齢と現在の状況を鑑みると、数年後に認知症など、意思判断能力が失われるなどの可能性があり、その場合には、例えば施設への入居のための自宅の売却などは難しくなります。
幸い長女が近くに住んでおり、週1、2回のペースで訪問していること、Bさんの介護を長女に任せたいとBさん自身も望んでいることから、長女を受託者とする家族信託を活用するのに適したケースといえます。
委託者 Bさん
受託者 長女
受益者 Bさん
信託財産 自宅、金銭
信託終了事由 Bさんの死亡
帰属権利者 Bさんの法定相続人
家族信託を利用することで、徐々に意思判断能力が低下している間も、数年にわたって日常生活費の送金、自宅の管理や修繕も長女の判断で行うことができます。そして、いよいよ施設への入居が必要となった段階で、自宅を売却し費用を捻出する、という柔軟な対応ができるようになります。
Bさんを介護するための費用はBさんの貯金から長女が支出し、Bさん亡き後は、長女と次女で残った金銭を1/2ずつ相続する、ということが可能になります。
子のいない夫婦が特定の親族に相続させたいとき
Cさんは妻と自宅兼賃貸マンションに住んでいます。Cさん夫妻には子どもがおらず、兄弟2人がいますが、うち1人は亡くなっており、妻にも兄弟が3人います。Cさん亡き後は妻のその後の生活のために資産を承継させたいが、妻亡き後は自分の親族である甥に遺したいと考えています。
何もしなかった場合、Cさんが妻より先に亡くなった場合の自宅兼賃貸マンションは、妻とCさんの兄弟、さらには亡くなっている兄弟の子どもに相続されます。その後、妻が亡くなった場合、妻の持分は妻の兄弟に相続され、所有関係は複雑化してしまいます。このように、兄弟、さらには甥姪に相続が及ぶと遺産分割協議もなかなかスムーズにいかなくなってしまいます。
夫婦でお互いに遺言を書き合うことにより、お互いの亡き後の財産承継先を決めることは可能です。ただし遺言のデメリットとして、関係性が変化してきた場合にいつでも撤回できる、あるいはCさん亡き後、悪意あるCさんの親族によって遺言が書き換えられてしまう、などといったリスクもあります。また、遺言には生前の財産管理機能はないため、賃貸マンションの管理を第三者に任せたい場合などは対策としては不十分です。
委託者 Cさん
受託者 甥
受益者 Cさん
第二受益者 妻
信託財産 自宅兼賃貸マンション、金銭
信託終了事由 Cさんおよび妻の死亡
帰属権利者 甥
このような信託契約により、Cさん→妻→甥という資産承継の道筋を作ることができます。これを受益者連続型信託といい、配偶者への承継を望むケースで多く使われますが、そのほかにも特定の子や孫に承継させたい場合などに活用が可能です。
家族信託では身上監護機能はないため、身上監護については裁判所で選任される成年後見人に任せる、というように制度の併用も有効です。また、信託契約では信託財産以外の承継先を決めることはできないので、その他財産については遺言を作成しておくことも検討材料といえます。
上記のように、家族信託が特に有効と思われる3つのケースを取り上げました。次回はそれぞれの当事者と注意すべき点についてお話します。