勤務開始から間もなく1年が経とうとしています。
気を揉んだ認定考査もなんとか合格することができ、無事に認定司法書士として登録することができそうです。(簡易裁判所での訴訟代理人業務や支払督促手続きなどをできる司法書士を認定司法書士といい、認定司法書士になると、従来の司法書士よりも幅広い業務を担当できるようになります。)
資格取得のための勉強はひととおり終了したことになります。実務のための勉強は日々続いていきますが。
早くから相続登記実務に関わらせていただいておりましたので、おそらく100件以上は携わってきた計算になります。そのなかで、一番苦労するのが“被相続人の同一性の証明”です。
登記記録上の住所と本籍は必ずしも一致しない
相続登記といえば、その登記申請において「被相続人の同一性を証明する書類」の添付が必要です。被相続人の同一性を証明する書類とは、簡単にいうと「死亡したのが登記簿上の被相続人であることを証明するための書類」です。
法務局では、人物の特定は「住所と氏名の一致」をもって行います。登記簿に記載されている「住所と氏名」の2点を確認するわけです。
一方で、被相続人の出生から死亡までの戸籍すべてを添付します。これは、被相続人が死亡したという事実と、推定相続人が誰なのかを証明するためです。
問題なのは、戸籍には氏名の記載はあっても、「住所の記載がない」ということ。戸籍に記載されているのは本籍地であって、住所ではないのです。
そこで、「戸籍の本籍地が載っている書類で、登記簿上の住所と氏名が載っている書類」が必要となるわけです。具体的にどのような書類を指すのかを説明していきます。
基本は住民票の除票
住民票、はさまざまな場面で必要となりますからイメージしやすいと思いますが、死亡したあとに住民登録から抹消された住民票のことを住民票の除票といいます。亡くなられた方の相続人であれば、役所で取得することができます。
大事なのは、必ず本籍地の記載の入ったものを取得すること。これにより、戸籍に記載された被相続人と登記簿上の名義人が一致、つまり被相続人の同一性の証明、となるわけです。
なければ戸籍の附票
登記簿上の住所が必ずしも最後の住所とは限りません。引越しを繰り返し、住民票を転々と移していることもあるでしょう。このような場合には、戸籍の附票を取得することになります。戸籍の附票とは、本籍地の市町村において戸籍の原本と一緒に保管している書類で、その戸籍が作られてから(またはその戸籍に入籍してから)現在に至るまで(またはその戸籍から除籍されるまで)の住所が記録されています。
注意すべきは、本籍を変更(転籍)していると、現在の附票には現在の本籍にした日以降の住所しか記録されていません。現在の附票で、証明を必要とする住所までさかのぼることができない場合は、転籍前の戸籍の除附票をとることになります。
ここに一つ大きな問題点があります。令和元年6月20日から、住民基本台帳法の一部が改正され、住民票の除票及び戸籍の附票の除票を現行の5年間から150年間保存することになりました。しかし、すでに保存期間を経過してしまっているものについては、発行することができないのです。
例えば、町田市については平成26年度まで、横浜市については平成25年度まで、川崎市については平成23年度まで、の住民票の除票は保存期間が経過しているため、住民票の除票の写しを発行することはできません。被相続人の同一性の証明ができない、ということになるわけです。
固定資産税の納税証明書または評価証明書でもOK
では、何をもって同一性を証する書面に代えることができるのでしょうか。
これについて、法務局による平成29年3月23日民二第174号通達により登記簿の住所が不明な場合の必要書類について明確に提示されるようになりました。
被相続人の同一性を証する情報として、被相続人の住民票の写し(住民基本台帳法(昭和42年法律第81号)第7条、第12条)又は戸籍の附票の写し(同法第17条、第20条)(以下これらを「住民票の写し等」という。)、固定資産税の納税証明書又は評価証明書(地方税法(昭和25年法律第226号)第20条の10。以下これらを「納税証明書等」という。)並びに不在籍証明書及び不在住証明書が提供された場合において、登記官が、登記記録上の不動産の表示及び所有権登記名義人の氏名が納税証明書等に記載された不動産の表示及び納税義務者の氏名と一致し、納税証明書等に記載された納税義務者の住所及び氏名が住民票の写し等に記載された被相続人の住所及び氏名と一致し、かつ、住民票の写し等に記載された被相続人の本籍及び氏名が被相続人に係る戸籍、除籍又は改製原戸籍の謄本(以下「戸籍等の謄本」という。)に記載された本籍及び氏名と一致していると認めるとき。
固定資産税を払っているのだから、当該不動産は納税者が所有者であろうという推定がはたらくわけです。
登記済権利証は最強
同じく平成29年3月23日法務省民二第174号法務省民事局長通達により、被相続人と登記名義人の住所の同一性を証明するための書類としては、登記済権利証を提出すればその他の書類は不要となりました。
住⺠票の写し(住⺠基本台帳法(昭和 42 年法律第 81 号)第 7 条第 5 号、第 12 条。ただし、本籍及び登記記録上の住所が記載されているものに限る。)、⼾籍の附票の写し(同法第 17 条、第 20 条。ただし、登記記録上の住所が記載されているものに限る。)⼜は所有権に関する被相続⼈名義の登記済証(改正前の不動産登記法(明治 32 年法律第 24 号)第 60 条第 1 項)の提供があれば、不在籍証明書及び不在住証明書など他の添付情報の提供を求めることなく被相続⼈の同⼀性を確認することができ、当該申請に係る登記をすることができる
上記の書類が用意できない場合、権利証があればこれだけで同一性を証明できます。不動産の権利証を所持しかつ名義人の氏名が一致するということは不動産の所有者であろう、という推定がはたらくのです。権利証があたかも不動産の所有権の象徴のような扱われ方をしていましたが、強ち間違ってもいない概念かもしれません。つまり最強のカード、というわけです。
登記識別情報通知は注意が必要
ところで、オンライン化に伴う法改正の際に権利証の制度は無くなり、権利証に代わる本人確認手段として登記識別情報の制度が導入されました。
登記済権利証は所有権移転登記等の内容が記載された用紙に法務局の登記済の朱印が押印されたものです。権利証は文書ですので、権利証が必要な手続きには権利証の原本の提出が必要となるため、インターネットを利用したオンライン手続きができません。
そこで、権利証に代わり、12桁のアラビア数字や符号からなる登記識別情報が通知されるようになりました。登記識別情報が書面で通知される場合、通知書の下部に12桁の番号とQRコードが記載されます。
登記識別情報はパスワードに意味があり、登記識別情報通知の紙自体には特別な効力はないのです。
登記識別情報については、登記識別情報(12桁の数字とアルファベット)自体の提供が必要なのか、通知書の提出(原本還付)でよいのか、などはケースや法務局によって異なるようです。
上申書は最終手段
これまでに挙げた書類が揃わない場合、最終手段として上申書を提出することで相続登記が可能になります。
相続人全員から法務局あてに「不動産の登記名義人は被相続人と同一人物で間違いありません」という内容の「上申書」を提出することで、相続登記を進めてもらうのです。
上申書
○○法務局御中
今般、被相続人である 亡A所有名義の後記物件について、相続を原因とする所有権移転登記の申請をいたしますが、物件登記簿上の住所から 亡A死亡時に至る住所の変遷を証明できる資料が存在しないため、物件登記簿上の所有権登記名義人 A と 亡Aとの同一性を証明することができません。しかしながら、物件登記簿上の所有権登記名義人 A は、被相続人 亡A本人に間違いありません。
また、本登記が受理されることにより、その権利関係に関して今後いかなる紛争も生じないことを確約し、決して御庁にはご迷惑をおかけいたしません。つきましては、本登記申請を受理していただきたく、ここに上申いたします。
相続人全員が実印で押印し、印鑑証明書を添付する必要があります。遺産分割協議書 兼 上申書、という形をとるケースも多いです。このような形式にすることで、1枚の紙に相続人全員が署名・捺印すれば済むわけです。
このように、被相続人の同一性を証明することは、相続登記のネックであると言えます。受験知識ではとても対応できず、理解するのに最も苦労した点のひとつです。