さて、法定後見制度と任意後見制度についてご説明してきましたが、任意後見制度の中で少し触れた死後事務委任契約について詳しく見ていきます。
任意後見契約は本人が死亡することにより終了してしまいますが、死後の事務も併せて委任するのが死後事務委任契約となります。あまり耳馴染みがない契約かもしれませんが、身寄りのないおひとりさまや、亡くなったあとの事務などを依頼する親族、友人などがいない方、またはそのような事務を第三者に委任したい方などにニーズがあります。
契約の締結と委任事務の執行
死後事務委任契約はあくまで当事者間での合意によるものですが、委任者の死後に委任事務を執行するため、実務的には必ず書面で残します。形式としては次のようなものがあります。
- 実印による押印の上で、印鑑証明書を添付する
- 公正証書により作成する
- 遺言公正証書の中に死後委任を挿入する
事務の執行のための費用は委任者から生前に預かっておきます。
委任者が亡くなったあと、受任者は死後の事務を執行します。
委任契約は委任者の死亡により終了するのが原則ですが、特約で委任者の死亡によって当然に終了しない旨を定めておきます。委任者の地位は相続人がいれば相続人、いなければ相続財産管理人が引き継ぎます。
死後の事務が完了したら、受任者は相続人等へ報告し、費用や報酬を精算したのち預かり金の残金があれば相続人等へ返還して終了です。
どのような事務を頼めるのか
委任の範囲はあくまでも委任者の意思によりますので、広範囲かつ多岐にわたります。
一般的には下記のような事項を定めることが多いようです。
- 行政官庁等への諸届
- 葬儀や永代供養等に関する事務手続き
- 遺品の整理・処分に関する事務手続き
- 医療費や入院費、老人ホームの施設利用料の精算
- 公共サービス等の解約・精算
- 親族や関係者への連絡
- インターネット上のHP、ブログ、SNS等の閉鎖・解約
- パソコンやスマートフォンのデータ消去
- 賃貸借建物の明渡し
- ペットの引取り
ただし、注意をしなければいけないのは、遺言書に書くべき事項は除外しなければならないということです。主な遺言事項は次のとおりです。
- 推定相続人の廃除・廃除の取消し
- 相続分の指定・指定の委託
- 特別受益の持戻しの免除
- 遺産分割方法の指定・指定の委託
- 遺産分割の禁止
- 共同相続人の担保責任の減免・加重
- 配偶者居住権の設定
- 遺留分侵害額の負担割合の指定
- 遺贈
- 信託
- 寄附行為
- 認知
- 未成年後見人の指定
- 未成年後見監督人の指定
- 遺言執行者の指定・指定の委託
- 祭祀承継者の指定
- 遺言の撤回
- 保険金受取人の変更
遺産の整理やお世話になった人への謝礼を相続財産から拠出する場合など、財産の処分に当たる行為については死後事務委任と遺言の内容が抵触しないよう注意を払う必要があります。
後見人は死後事務を受任できるのか
成年後見人の場合
後見は本人の死亡と同時に終了するため、成年後見人の法廷代理権は消滅します。しかし、社会通念上、本人の死亡後も一定の死後事務を扱うことを期待されているため、平成28年の法改正により、一定の範囲での死後事務について成年後見人も行うことができることが明文化されました。
民法873条2に列挙されています。
- 特定の財産の保存に必要な行為
- 債務の弁済
- 死体の火葬または埋葬に関する契約の締結
- 相続財産の保存に必要な行為
このように、成年後見人ができることについては法定されているため、これらに該当しない事項についてはできないことになります。
任意後見人の場合
任意後見契約は本人の死亡により終了します。また、法定後見における民法873条2も適用されませんので、死後事務を行うことはできないと考えられます。
誰に依頼すればよいのか
最後に、誰に委任するのがよいのかですが、選択肢としては次のようなものがあります。
友人や知人、親戚など
死後事務委任契約の代理人には特別な資格などは必要ないため、信頼できる友人や知人、親戚などに依頼をすることが考えられます。
弁護士や司法書士
弁護士や司法書士といった専門家に依頼することも考えられます。特に、弁護士に依頼した場合、多くは契約書作成段階から携わることになるため、遺言でしか規定できない事項や相続や遺産の処分について抵触しない範囲をふまえ、依頼者の相続全般に関してトータルで提案をすることができます。
社会福祉協議会
死後事務委任契約の代理業務を社会福祉協議会に依頼することも考えられます。ただし、対象となる依頼者に対して、「相続人がいない」「一定以上の預託金が払える」といった条件がある場合が多いため、注意が必要です。
民間企業
死後事務委任契約の受任者を民間企業に依頼することも考えられます。プランもニーズに合わせて選べるようですが、入会金や年会費、預託金もそれなりにかかります。
国税調査によると、65歳以上の単独世帯は増加の一途をたどっており、今後も増加傾向にあるとみられています。65歳以上に限らず、単独世帯は全世帯の35%を占めており、死後事務委任契約はますますニーズが高まることが予想されます。自分の死後に遺志を反映させる手段の一つとして知っておきたいですね。